コラム 考えるツボ

「ユーザーの声に耳を傾けろ!」

この言葉は、顧客満足向上のためであれば、ほとんどの場合、正しい主張です。

しかし、新製品の開発や品質改善などにおいては時に、ユーザーの声に耳を傾けすぎると、全くもって失敗する方向に向かうことがあります。

今回の記事は、そんな「ユーザーの声に耳を傾けすぎて失敗する」という事例の紹介とともに、どのような考え方をすれば、新製品の開発や品質改善はうまくいくのか?
といった感じの内容をお送りします。

商品開発や、新サービスの立ち上げを行っている方、これから行っていく方の参考になれば幸いです。

顧客の声を聴いても成功するとは限らない

この事例については、ユーザ中心ウェブビジネス戦略という本に、非常に興味深い事例が掲載されていたので紹介します。

四角い黒い皿

  • ある食器メーカーが「次に買うとしたらどんな食器が欲しいか?」をテーマに、主婦5人にグループインタビューを実施した。
  • 主婦たちは討議を進め、最終的には「これまでとは違う、オシャレな黒い四角い皿が欲しい」という意見でまとまった。
  • インタビュー協力のお礼に、「食器サンプルの中から好きな皿を一つ持ち帰ってもらってよい」と言うと・・・
  • 参加者全員が持ち帰ったのは、「白い丸いお皿」だった。

ユーザ中心ウェブビジネス戦略(P.90より)

なぜ、白い丸いお皿を選んだのかを聞くと、「食器棚にある皿が丸い皿ばかりなので、丸い皿でないと重ねてしまえない」「テーブルの色に会う食器が白色なので、白で揃えている」といった回答が返ってきたといいます。

日常の食卓

書籍では、このような結果になった原因として、以下の理由を挙げています。

想像力の限界
人は、具体的に存在しないものに対して、良し悪しの判断がつけられない
相手に認められたいという影響
グループインタビューという形式において、質問者や回りの人に認められるように発言をしてしまう

その他にも、発言が事実と異なってしまう「記憶の曖昧さ」や、自分の意見を合理化するため、“本当にそうだった”と思いこむ「自らを正当化する防衛本能が働く」とも書かれています。

このように、ユーザーの意見が参考になりづらいのは、ユーザーに問題があるということではなく、人間に無意識レベルで起こる「認知・認識の限界」があるため、とされています。

ユーザ中心ウェブビジネス戦略 顧客心理をとらえ成果を上げるプロセスと理念

優良企業は全てを正しく行うが故に失敗する

さらに、少し視点は異なるかもしれませんが、上記のお皿のインタビューの例に通ずる内容として「イノベーションのジレンマ」があります。

これは、ハーバードビジネススクールのクリステンセン教授が書いた書籍の題名でもあり、優良企業の製品が衰退し、次の時代に乗り遅れるということを示しています。

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

書籍の中では「優良企業は全てを正しく行うが故に失敗する」と説明されており、このイノベーションのジレンマが起こる要因として、以下のようなことを挙げています。

  • 優良企業は優れた対応力で既存顧客の声に耳を傾けるが、傾聴しすぎて、既存顧客のニーズ以外は切り捨ててしまう
  • 顧客の声に過度に傾聴していて、初期投資のタイミングを逸してしまう

しかし、上記2点において私は、単に「既存顧客の声を聴いてしまい、他を切り捨てている」ということだけでなく、皿のインタビューのように「人間の認知・認識の限界」を理解しておらず、「顧客の声を生真面目に反映した結果、失敗している」というパターンもあるのではないかと考えました。

総合すると、「新製品開発 ≒ イノベーション」の点においては、いわゆる「ユーザーの声を聴くマーケットイン」の思想だけでなく「商品供給側主導のプロダクトアウト」の考えも強く持つ必要があるかもしれません。

顧客は、まだ存在せず、自分の手の中に無いものに関しては良し悪しを判断できないし、ましてや欲しいかどうかも判断できないからです。

例えば、まだiPhoneが発売されていない、ガラケーしかない時代に、iPhoneの写真を見せて「このような電話が欲しいですか?」とアンケートをしても、有用な回答が得られないであろうことは、想像に難くないと思います。

アンケートイメージ

もちろん、現代では既にそのような、「ユーザーの認知・認識の限界」に気づいている企業も多く、われわれWeb関係で身近な例を紹介すれば、それらを克服するため、以下のようなテストやサービスを行っていることが挙げられます。

  • サイトのユーザーテストはアンケートではなく、行動の事実だけをモニタリングする
  • サイトやアプリは、まずプロトタイプをつくり、実際に触りながらブラッシュアップするProttなどはそのためのプロトタイピングツール)

必要になるのはコンテキスト思考

では、ユーザーの発する意見に振り回されずに、新商品やサービスの改善などを成功に導くためには、どのような考え方が必要なのでしょうか・・・?

必要になるのは、「コンテキスト思考」という考え方です。

context(コンテキスト)とは、直訳すれば、ある事柄における前後関係、文脈や背景のことで、「コンテキスト思考」とは、単純に事実を分析するのではなく、その事実が起こった文脈や背景を推測する思考のことです。

コンテキスト思考

コンテキスト思考

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コンテキスト思考について詳しくは上記の本がオススメです。

「推測する」思考と書いたのは、コンテキストには、唯一の答えが無い場合が多いからです。
だから、このような思考は時に「肌感覚・ヤマカン」などと呼ばれ、ビジネスの現場ではロジカルではない印象も受けがちです。

もちろん、経験や思考不足により失敗したとなれば、まさしく「ヤマカンが外れた」と、言葉通りになってしまうのですが、この「コンテキスト思考」がなければ、ほとんどのビジネスは、後発・二番煎じでしか、成功させられなくなってしまいます。

例えば、現代では多くの喫茶店が行っている「コーヒー1杯無料券」のことを考えてみましょう。

これを配ることで、「来店数が増えコーヒー以外の注文も増え結果として売上は上がる」ということは容易に予測できます。

コーヒー

しかし、もし、このコーヒー1杯無料券の制度が「世界でまだ誰もやったことがない」場合、明らかに考えられる「無料分のコーヒーだけ飲んで帰られる」「売上が下がる」などのマイナス要素の思考が先行するかもしれません。

このように、現在では当たり前にとられている戦略も、「誰もやったことがない」状態の時は、当然データも存在せず、予測もできず、成功するかはわからないので、多くの経営者は尻込みすることだったはずです。

しかし、そんなアイデアも「コンテキスト思考」で考えることで、前後関係や背景を推測・予測し、戦略として実行するための一定の根拠を得ることができます。

ただ、現代にはビッグデータ解析というものがあるので、膨大で多様なデータを様々な角度から素早く検証でき、コンテキストとなる因果関係・相関関係を導き出しやすくはなっています。

つまり「ヤマカン」と呼ばれるようなこともなく、数字から導き出した、多くの人が理解できる論理的な戦略となるのですが、ビッグデータ解析はほとんどの中小企業にとっては、現実的ではありません。

なぜなら、まずそのようなビッグデータを集計・解析できるシステムが必要なのはもとより、そのシステムを使いこなせる人材が必要になってくるからです。

Tポイント販促サポート

余談ですが、TSUTAYAのTポイントの提携店になると、そのような販促データの、集計・分析をしてくれるサポートが受けられるみたいです。

データが無いからこそ、中小企業の方がイノベーションをおこし易い?

ちなみに、シュンペータという経済学者は、「イノベーションは、人材や資金が豊富な大企業が中心になる」と仮説をたてたのですが、以下の「研究開発費と特許の出願数の関係」を見ると、必ずしも「資金(研究開発費)が多い ≒ 特許(イノベーション)の数が多い」とは言い切れないことも判明しています。

研究開発費と特許出願件数の関係

「特許≒イノベーション」という仮定自体を一考すべきなのかもしれませんが、「イノベーションの55%は中小企業によるものと推定される」と、アメリカからの報告もあるようです。
アメリカのどこからなんでしょうか・・・(笑)

しかし、データに頼ってロジカルになりすぎるより、「中小企業の肌感覚やフットワークの軽さが勝つ」ということは、往々にしてあることだと思います。

まとめ

ということで、最後に少し脱線してしまいましたが、結論としては、『顧客の声を生真面目に聴きすぎても、成功するとは限らない』。

とくに、新製品やサービスなど、革新的なイノベーションをおこすためには「コンテキスト思考」が重要になってくる。

コンテキスト思考とは、目に見えるデータやユーザーの声に踊らされず、「答えのない問題を考える力」「様々な視点で推測する力」のことである。

と、こんな感じでまとめまして、今回の記事があなたの参考になったのであれば幸いです。